1 うたてい

クラッスイちゃん女妖怪バージョン「木の柄」きのえ

乗鞍岳の稜線へ続く丸黒山の祠に住む女妖怪。
髪で隠れた謎の右目、傘と水色の着物、その着物にあしらわれた緑の紫陽花が彼女のトレードマーク。
一見恋多き女性に見えるが、真の心は一途な愛を貫く。
妖力は決して強くはないが、勤勉家で、里の情報や言伝えなどを網羅しており、
妖怪の中でも「生き字引」として皆に認められている。

俺の名はキャブ。妖怪だ。
この山国、岐阜県北部に住み着いて100年近くになる。
普段は人間に扮して何食わぬ顔で人の社会に紛れ生活している。

妖怪としての俺の仕事は、バイクのキャブレターに取り付くことだ。
キャブレターとは、ガソリンと空気を混ぜてエンジンに供給する、いわば霧吹きみたいな部品だ。
昔は車もバイクもキャブレターが当たり前、俺のような妖怪もたくさんいたが、
今ではキャブレターもコンピューター制御のインジェクションという部品に取って代わり、キャブレター自体が失われつつある技術となり、キャブレターに取り付く妖怪も少なくなってしまった。

俺の仕事は古くなったキャブレターが限界まで来たとき、オーナーにそれを知らせることだ。
マシンを大切にしているオーナーなら俺の警告を早々に感じて、何らかの対策を講じる。
しかし、今ではキャブレター搭載の古いマシンそのものを手放してしまう人間が増えてしまった。
俺の、妖怪としての仕事も減る一方だ・・・

今年の奥飛騨の山々は、秋の味覚が鈴なりになった当たり年。
まだ半人前の妖怪だった俺を救い育ててくれた恩師、にゃんにゃん師匠のもとへおれは50年ぶりに出向いた。
俺の山で、アケビが大量に収穫できたので届けに行ったのだ。

ニャンニャン師匠は飛騨山脈乗鞍岳の千町尾根に住む妖怪の重鎮だ。
なかなか気難しい妖怪だが、見た目は招き猫のような可愛らしさだ。

俺は、既に雪もちらほら見える標高2000Mの、ニャンニャン師匠のアジトへ赴いた。

C
「師匠!お久しぶりです!キャブです!」

N
んん・・・なんだなんだ騒がしい・・・人が冬眠に入ろうとしているところを・・・

C
「師匠冬眠なんかするようなったんですかw猫なのに?w」

N
うるさい!・・・おお。キャブではないか!久しぶりじゃのう。相変わらずキャブレターのガソリンづまりをそそのかしておるのかw

C
「何言ってるんスカ!滅びゆくキャブを守るために一肌脱げと色々教えてくれたのは師匠でしょ!はいこれ!師匠の大好物のアケビですよ!」

N
おお!これはすごい!今年は豊作と聞いてはおったが!
うたていことじゃ!

C
「・・・うたてい?師匠!うたていとは!本気でおっしゃるか!」

N
なんじゃ?本気に決まっておろうが!

C
「50年ぶりに会えたと思えばその仕打ち!失礼する!」

N
なんじゃ!どうしたというのだ!おい!キャブ!

俺は,アケビを、師匠の住み着く「奥千町避難小屋」の玄関に叩きつけ、早々と引き上げた。
うたてい・・・これは岐阜県北部の方言で、「余計なことをしおって!」という意味である。
まさか師匠からそんな仕打ちを受けるとは・・・50年も顔を見せに行っていなかったからなのか?それとも、師匠が大好物の「招福猫まんじゅう」を持っていかなかったからなのか?色々考えながら俺は雪の積もる登山道を歩き続けた。
やがて、丸黒山の山頂に差し掛かったとき、妖艶な声が俺を呼び止めた。

K
「おやぁ、キャブじゃないのかい?50年ぶりだねぇ」

C
その声は・・・木の柄か!

木の柄は和服を身にまとった女妖怪だ。常にさしている傘と、前髪で隠れた右目がトレードマーク。
乗鞍岳へ続く稜線にある、丸黒山の祠に住み、登山する人間たちを守っている。

K
なんだい?プンスカしているようだねぇ?ニャンニャン師匠のところに行ったのかい?もう冬眠している頃だと思うけど?

C
「ああ。上等なアケビが取れたんで届けに行ったのだが、うたてい!などと罵られて怒って帰ってきたところだ!」

K
ええ?・・・ははーん!あんた。今住んでいるところはひょっとして、りんごの里のあたりかい?

C
「・・・ああ。よく知っているな。それがどうした!」

K
はっはっはっ!まだまだケツが青いねぇキャブ。うたていって言葉の意味が2つあるのを知らないのかい?

C
「なっ!・・・なんだと?」

K
あんたの住んでるりんごの里では、少々ネジ曲がった解釈されているんだよぉ「うたてい」は。「余計なことしやがって!」ってんだろ?

C
「・・・そのとおりだ。」

K
本来の意味は、「申し訳ないねぇ気を使わせて、どうもありがとう」なんだよぉ。

C
「なんだと!本当かそれは!」

K
あんたも焼きが回ったねぇ。ていうか、普段から色々な里を回って見聞を広めなきゃぁ、一人前の妖怪にはなれないよぉ?
この木の柄さんみたいにねぇ。
今すぐニャンニャン師匠に詫び入れに行きな!あの人、ああ見えて繊細なんだからね!

C
「・・・生き字引と評判の木の柄が言うからには間違いないようだ・・・ありがとう。今すぐ引き返してわびを入れてくるよ。」

K
あんたのその素直なところは素敵だねぇ!帰りに寄っていきなよぉ。久しぶりに酒でも一緒にどうだい?

C
「・・・木の柄と飲むと、あとが恐ろしいからなw今夜は逃げさせてもらうよw」

K
ああん!ちょっとぉ!きゃぶううう!

こうして俺は、ニャンニャン師匠に詫びを入れ、言葉の誤解だったことをわかってもらうことができた。
すべては木の柄のおかげだ。

同じ言葉でも伝わる意味が違うと、とんでもない誤解がおこってしまう・・・
人間界の言語の複雑さを改めて体感した出来事だった・・・


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